知識を愛する(箴言12章1節)
- Yoriko Sakasegawa
- 6月7日
- 読了時間: 2分
訓戒を愛する人は知識を愛する。
אֹהֵב מוּסָר אֹהֵב דָּעַת
אֹהֵב= 愛する
מוּסָר= 訓戒 ・ 懲らしめ・ しつけ・・ 教育
語根יסר
「矯正する」「訓練する」「しつける」
※日本語の「訓戒」より広い。 教えにとどまらず、
痛みを伴う訓練・修正・矯正を含む。
אֹהֵב דָּעַת
知識を愛する人 語根ידע「知る」
※直訳すると 訓練・矯正を愛する人は知識を愛する。
叱責を憎む者は間抜け者。 וְשֹׂנֵא תוֹכַחַת בַּעַר
שֹׂנֵא= 憎む者
תוֹכַחַת= 叱責・ 戒め ・ 指摘・論証による修正
語根יכח「正す」「論じて明らかにする」「誤りを示す」
בַּעַר= 間抜け者・愚か者
家畜のような鈍さ、思慮のなさを含意する語。 「無知」だけでなく、矯正を拒む頑なさそのものを指す。
興味深いのは、 前半で「訓練を愛する👉知識を愛する」、
後半で「知識を憎む👉間抜け者」と書かれておらず、 わざわざ「叱責を憎む者」としていること。
語根から見れば、
יסר:מוּסָר
躾ける 訓練する 矯正する 👈継続的な教育イメージ
יכח:תוֹכַחַת
論じる 明らかにする 誤りを示す 正す
👈「あなたは間違っている」と具体的に示される場面
箴言12:1の鋭いところとして、
人は知識を嫌うのではなく、むしろ好ましいものとして受け入れる。
聖書を読んだり、講義を聞いたりする。
しかし、
自分の誤りを指摘されることは嫌う。
箴言12:1は、
「知識が好きかどうか」
ではなく、
「修正されることを愛するか」
知識量ではなく、修正を受け入れる姿勢を見ているよう。
知識を増やしたいのか。
それとも、
神の語りによって修正されたいのか。
聖書を学ぶ人が多い。
しかし、本文によって
自分が修正されることを喜ぶ人は少ない。
そんな声が聞こえてきそうだ。
※今日は6章のつもりが12章を書いちゃった(◎_◎;) 次は6章!!




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