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知識を愛する(箴言12章1節)

訓戒を愛する人は知識を愛する。

אֹהֵב מוּסָר אֹהֵב דָּעַת

אֹהֵב= 愛する  

מוּסָר= 訓戒 ・ 懲らしめ・ しつけ・・ 教育  

             語根יסר

             「矯正する」「訓練する」「しつける」


       ※日本語の「訓戒」より広い。 教えにとどまらず、

        痛みを伴う訓練・修正・矯正を含む。


   אֹהֵב דָּעַת  

        知識を愛する人  語根ידע「知る」

 

    ※直訳すると 訓練・矯正を愛する人は知識を愛する。



叱責を憎む者は間抜け者。 וְשֹׂנֵא תוֹכַחַת בַּעַר

  שֹׂנֵא= 憎む者     


תוֹכַחַת= 叱責・ 戒め ・ 指摘・論証による修正     

               語根יכח「正す」「論じて明らかにする」「誤りを示す」


בַּעַר= 間抜け者・愚か者     

               家畜のような鈍さ、思慮のなさを含意する語。                     「無知」だけでなく、矯正を拒む頑なさそのものを指す。                   

興味深いのは、 前半で「訓練を愛する👉知識を愛する」、

後半で「知識を憎む👉間抜け者」と書かれておらず、 わざわざ「叱責を憎む者」としていること。


語根から見れば、

   יסרמוּסָר      

              躾ける 訓練する 矯正する 👈継続的な教育イメージ


יכחתוֹכַחַת       

              論じる 明らかにする 誤りを示す 正す 

              👈「あなたは間違っている」と具体的に示される場面


箴言12:1の鋭いところとして、


人は知識を嫌うのではなく、むしろ好ましいものとして受け入れる。


聖書を読んだり、講義を聞いたりする。


しかし、


自分の誤りを指摘されることは嫌う。


箴言12:1は、


「知識が好きかどうか」


ではなく、


「修正されることを愛するか」


知識量ではなく、修正を受け入れる姿勢を見ているよう。


知識を増やしたいのか。


それとも、


神の語りによって修正されたいのか。


聖書を学ぶ人が多い。


しかし、本文によって


自分が修正されることを喜ぶ人は少ない。


そんな声が聞こえてきそうだ。



※今日は6章のつもりが12章を書いちゃった(◎_◎;) 次は6章!!


こちらをまっすぐ見つめながら舌を出している羊のクローズアップ写真。
叱責を憎む者は間抜け者。(箴言12:1)

 
 
 

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