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箴言1章~7章の風景

箴言3章でふと気づく。


1章にも「わが子よ」


2章にも「わが子よ」


3章にも「わが子よ」


4章にも、5章、6章、7章にも、


「わが子よ」という呼びかけから始まる。


箴言全体に「わが子よ」と言うことばはあるものの、


冒頭で呼びかけるのが1章~7章。


眺めているうちに、一つの風景が見えてくる。


先ず、父が呼びかけて、語る。


また語る。


さらに語る。


何度も語る。


「わが子よ」


「聞け」


「耳を傾けよ」


「忘れるな」


「心に保て」


父の声が繰り返し響き渡る。


それなのに、


わが子が何と答えたのか。


どのように応答したのか。


それは、ほとんど語られていない。


ただ、父の呼びかけと語りが続いていく。


気が付くと、わが子の受け答えを見るのではなく、


父の呼びかけと語りを聞く者として立たされている。


箴言1章~7章は、


父がわが子に語り続ける風景なのかもしれない。


その語りは、わが子の平安のため、


わが子のいのちのため、


わが子の喜びのため、


父の呼びかけの前に、


終日、佇んでみた。



「わが子よ」



明日から3章に入ってみよう。


父の呼びかけの前で。


窓辺の木製テーブルに置かれた温かい飲み物と焼き菓子。朝の柔らかな光が差し込み、静かな時間の中で語りに耳を傾けるような穏やかな風景。
父は語る。また語る。さらに語る。

 
 
 

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