自らを閉ざす者(箴言18章)
- Yoriko Sakasegawa
- 6月24日
- 読了時間: 3分
更新日:6月26日
「自らを閉ざす者נִפְרָדは、自分の欲望のままに求め、
すべての知性と仲たがいする。」(箴言18:1)
「自分の欲望」という言葉から、
「自己中心的な欲望」を思い浮かべると思うけど、
原文には「自分の」や「~ままに」に対応する独立した語は置かれていない。
「自分の欲望のままに」という訳には、文脈を踏まえた解釈が含まれている。
לְתַאֲוָה יְבַקֵּשׁ נִפְרָד
レタアヴァー イェヴァッケーシュ ニフラード
※ヘブル語は右から左へ読む
※新改訳2017は、נִפְרָד(ニフラード)を「自らを閉ざす者」と訳しているが、
もともとは「離れている者」「分離した者」「孤立した者」という意味領域を持つ語である。

原文では、
「離れている者(נִפְרָד)」「求める(יְבַקֶּשׁ)」「願望へ(לְתַאֲוָה)」という
三つの語が置かれている。
節の冒頭ではまず「離れている者」が提示されている。
読者は「何に対して離れているのか」という問いへ導かれるかもしれない。
後半はどうなってるのか?
בְּכָל־תּוּשִׁיָּה יִתְגַּלָּע
ベホル・トゥーシーヤー イトガッラー
※ヘブル語は右から左へ読む

תּוּשִׁיָּה
(トゥーシーヤー)・女性名詞
健全な知恵 確かな知性 実効性のある知恵 分別 揺るがない判断力
箴言では
「主は正しい人のために健全な知恵(תּוּשִׁיָּה)を蓄えられる」(箴言2:7)
「健全な知恵(תּוּשִׁיָּה)と思慮を守れ。」(箴言3:21)
知恵自身が語る。
「私には助言と健全な知恵(תּוּשִׁיָּה)がある。」(箴言8:14)
※箴言におけるתּוּשִׁיָּהは、
単なる知識ではなく、人を生かす健全で実践的な知恵として描かれている。
יִתְגַּלָּע
(イトガッラー)・ヒトパエル未完了3人称男性単数
ここが一番おもしろい。
語根גלע
旧約でほとんど出てこない、非常に稀な語根。
ヒトパエルはしばしば、
自分をその状態に置く 自分からその行為に入り込む 相互的・反複的行為
を表わすので、
・激しく反発する 言い争う 衝突する 仲たがいする 自らをぶつける
という意味で理解される。
逐語的にすると、
「あらゆる健全な知恵に対して、彼は激しく反発する。」になる。
ここまでを繋ぐと、
離れている者(נִפְרָד)
↓
願望を追い求める
↓
健全な知恵(תּוּשִׁיָּה)に対して
↓
ヒトパエルのニュアンスを踏まえるなら、
自らその反発へ身を投じていく姿(יִתְגַּלָּע)
が立ち上がる。
そのため、「自らを閉ざす者」という新改訳2017の訳語は、
一人の孤独な人で終わらず、
健全な知性や分別に対して、自ら反発し、自ら孤立へ向かっていく人、
願望へと向かいながら健全な知恵には自ら反発していく人、
という人物像が浮かび上がってくる。
箴言18章1節は、
「欲望が悪い」
という単純な倫理ではない。
何かから離れてしまった人が、
自分の願望を追い求めるあまり、
健全な知恵そのものへ反発していく。
そんな孤立に向かう姿を静かに映し出す、
かなり切ない人の姿が見えてくる。
ご覧になっておられる方の
切なさとして。
今、何かから
離れていないだろうか。




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